堀川を清流に
  堀川1000人調査隊2010

         活動の記録



  
  上流、下流が、お互いを励まし、応援しあってゆこう!

   第16回 木曽三川と堀川・上下流をつなぐ交流会が開催されました。

     
日時  令和4年6月25日(土)

     会場  長野県木曽郡南木曽町  平成じゃぬけの碑 妻籠宿 交流センター 

     主催  木曽三川と堀川・上下流をつなぐ交流会実行委員会
          堀川1000人調査隊2010実行委員会

     後援  国土交通省中部地方整備局 名古屋市 木曽広域連合 南木曽町  
          名古屋まちづくり公社名古屋都市センター


    ⇒平成31年11月の 第15回 木曽川と堀川・上下流をつなぐ交流会の様子はこちら
   
    ⇒平成31年6月の 第14回 木曽川と堀川・上下流をつなぐ交流会の様子はこちら

    ⇒平成30年12月の 第13回 木曽川と堀川・上下流をつなぐ交流会の様子はこちら

    ⇒平成30年6月の 第12回 木曽川と堀川・上下流をつなぐ交流会の様子はこちら
 

    ⇒平成29年11月の 第11回 木曽川と堀川・上下流をつなぐ交流会の様子はこちら

    ⇒平成28年12月の 第10回 木曽川と堀川・上下流をつなぐ交流会の様子はこちら

    ⇒平成27年11月の 第9回 木曽三川がつなぐ山とまち インターネットフォーラムの様子はこちら






 今回の交流会の大きな目的の一つは、平成26年7月に南木曽町で発生した、大規模な土石流災害の現場と
その後の復旧状態を見学することにありました。

 被災から復興までの生々しい話を現地の方にうかがい、東海豪雨から20年以上たって、被災の記憶が
世代交代により、一部では風化しかけている名古屋市民が、今あらためて防災の意識を高める狙いがありました。



参加した下流側の市民が、寄せ書きした旗を、南木曽町の向井町長に贈呈しました。

 向井町長には堀川応援隊に参加して
 いただきました。
   中日新聞 (名古屋市民版) 令和4年6月28日(火)より
  


事務局より  令和4年6月28日

  令和4年6月25日(土)、第16回、木曽三川と堀川・上下流をつなぐ交流会が、長野県木曽郡南木曽町の
 妻籠交流センターで開催されました。

  この上下流交流会は、平成19年(2007年)4月から平成22年(2010年)3月まで実施された、
 堀川への木曽川導水社会実験を機に、木曽川上流部への関心が高まった名古屋市民と、
 木曽川上流部の市民とでつくる、「木曽三川と堀川・上下流がつなぐ交流会実行委員会」 そして
 「堀川1000人調査隊2010実行委員会」の共催で、ほぼ1年に1〜2回のペースで開催されてきたものです。

 ただ、2020年、2021年はコロナ禍の中で、実施が見送られ、今回3年ぶりの開催にこぎつけました。
 

  この交流会の目的は、下流側としては、堀川の浄化のための地道な活動をしている名古屋市民が
 かつて実施された木曽川からの導水で、堀川がきれいになることがわかったため、何とか導水の復活を
 願い、木曽川などの上流域に堀川を応援してくださる人の輪を広げてゆくことがテーマとなっています。


  また上流側としては、地域の活性化のために、下流域に上流部を愛し、応援してくださる人の輪を
 広げてゆくことがテーマになっています。

  そして、上流と下流が、それぞれの魅力や悩みを理解しあい、応援しあう、Win-Winの関係を、ていねいに
 積み上げてゆくということを目的としています。


  また、この交流会のもう一つの特徴は、下流側は名古屋市、上流側は開催する町村役場と木曽広域連合という
 双方の行政が、市民と一緒になって企画、参加しているという、官民協働の交流会であるということです。

 
  この日も、上流側からは、南木曽町の向井裕明町長が、下流側からは名古屋市副市長の代理として
 河田誠一緑政土木局長が、市民と一緒になって交流会に参加していただきました。

 
  今回の交流会では、午前中に下流側参加者が、平成26年7月に南木曽町で発生した土石流の大災害現場である、
 「平成じゃぬけの碑」と、南木曽町が誇る、「妻籠宿」を訪れ、脇本陣奥谷 林家住宅を訪れ、懇切丁寧な説明を
 受けました。

  そして今年春に完成したばかりの、「妻籠町並み交流センター」に移動し、地元の食材をふんだんにつかったお弁当と
 地元南木曽町でつくられたお茶をいただき、午後からは交流会をおこないました。


  交流会では、二つのグループに分かれ、A班は、「防災」を、B班は、「街並み保存」について、地元南木曽町の
 皆さんから率直なお話をお伺いしました。

  下流側の参加者も、活発に質問が出て、Face to Face の交流会ならではの率直で、本音で語る情報・意見交換が
 繰り広げられました。

  そのあと、二つのグループがもう一度一緒になって、全体会を行い、それぞれのグループでの話し合いの報告と
 さらにそれを掘り下げる意見交換が行われました。

  
  その場で参加者全員に共有されたことは、次のようなことでした。

  「防災は忘れたことろにやってくると言うが、決して他人ごとではない。
  
   特に水の災害には上流も下流もないことが、あらためてわかった」


  「つい最近に、大災害を経験し、乗り越えた人たちの言葉はとても重かった」


  「街並み保存」も、「川の浄化・美化」の活動も、たとえば、高齢化問題、若い世代への継承、財源難など
  共通する悩みが多いことがわかった。


  特に筆者の私が胸を打たれたのは、妻籠宿を愛する会の方の次の言葉でした。

  「少子高齢化で、いつかは大きく(活動が)落ち込むときがくる、これは仕方がないかもしれない。

   でも、わたしたちの努力で、その下がり方を少しでもゆるやかに、なだらかにしていきたいと努力してるんです」

  
  どの団体の、どの活動も、大なり小なりいろんな課題を抱えていると思いますが、前向きな気持ちを忘れないこと
 その大切さを再認識させていただいた貴重なお言葉でした。

  
  また、南木曽町の方からは、

  「私たちは、水源から流れてきた水を、きれいなまま下流の名古屋市などに送ることを使命だと思っている」
  というお言葉もありました。


   それを聞いた時、私たち下流側の市民は、上流の方がこんなに努力してきれいに送っていただいた水を
  「海まできれいなまま送り届けたい」と意識している人が、どれだけいるだろうか?」 とはっとさせられました。

  日常、堀川に、軽い気持ちでポイと投げ捨てられたペットボトルや空き缶、ごみ入り袋と格闘しているわけですが
  「人の心、人の意識の浄化」の大切さを改めて感じさせられました。


  フォーラムの最後に、ご公務で忙しい中、駆けつけていただいた南木曽町の向井裕明町長に、下流側を代表して
 堀川1000人調査隊実行委員会の委員長、阪野輝夫さんから、昼休みに寄せ書きした旗を贈呈していただきました。


  また、向井町長に、堀川の浄化や、堀川で活動する私たち市民を応援していただけますかとお願いしたところ
 ご快諾いただき、「堀川応援隊」の旗にサインをしていただきました。


  ご挨拶いただいた向井町長のお言葉の中に、

  「最近の異常気象の中で、南木曽町も昨年夏に、目の前を流れる木曽川が川沿いにある中学校のグラウンドに
   あふれ出し、怖い思いをしました。

   今や、南木曽町も、土石流だけでなく、木曽川の水位にも気を付けて、防災・減災に立ち向かっている」
  というお話がありました。

  日々、どんどんかわってゆく環境の中で、次々に出てくる新たな課題に悩まされているのは、上流も下流も
  同じです。

  木曽川という「水」がつなぐご縁で交流させていただきましたが、上流・下流それぞれの人々が、
  応援しあえるところは応援しあい、お互い助け合ってWIN-WINの関係を続けてゆければと思いました。
  

  交流会最後には、切株に打たれた刻印のハートをイメージして、上下流の参加者一同が、
 両手でハートの形を作って、記念撮影しました。


  帰路は、道の駅 賤母(しずも)に寄って、おのおの思い思いに木曽の特産品などの買い物を楽しみ
 またひとつ、木曽が好きになってかえってきました。


被災現場に刻まれた、平成じゃぬけの碑

土石流が発生した川は、復旧工事で画面で左側に移動させ
曲がりを少なくしたそうです。

ちょうど芝生で緑色になっているところに元々の川が蛇行して
いたそうで、この芝生の一番上のところに(画面右下隅)に
「平成じゃぬけの碑」が設置されています。
私たち市民が立っているところは、土石流が流れ、家を押し流し
尊い若者の命が奪われた場所です。

川は復旧工事で直線的にするため、画面左側に移動したそうです。



⇒平成29年(2016年)7月の災害復旧工事竣工報告会の
 資料は、こちらでPDFをダウンロードできます。





そのあと、木曽川を挟んだ対岸(右岸側)の天白公園をたずねました。

ここには、昭和28年7月に発生した土石流で流れてきた大きな岩が
そのまま残され、災害の記憶をとどめるための公園になっています。


平成10年に整備された天白公園整備事業の銘文





天白公園のもうひとつの土石流で流れてきた岩には、
「悲しめる乙女の像」が安置されています。


天白公園から、木曽川を挟んだ左岸側をよくみると、あちこちに
じゃぬけのあとが。




午前中のもう一つの見学先は、妻籠宿。
脇本陣奥谷と、歴史資料館をたずねました。


参加者の中には、個人で何度も妻籠を訪れたことのある方もいらっしゃいましたが、この日はきちっと現地のスタッフの方の
お話を直接聞いて、非常によく理解でき、一段と興味がわいたそうです。


脇本陣奥谷の入口です。


パンフレットの写真と同じ場所で、スタッフの方のお話をお聞きしました。

この家は、林さんという個人の家で、島崎藤村の初恋の人が
お嫁に来た家なのだそうです。



いろりの周りは、厳格に座る場所が決まっていて、家長は煙のこない
場所にすわるのだそうです。









マキの火を消すときは。木と木を離してやるだけで自然に火は
消えるのだそうです。

火を絶やさないようにするには、「人」という字を書くように
木と木をくっつけておくのだそうです。

「人と人がつながっていれば火は消えない」という教えのようです、
と語っておられました。



脇本陣に隣接した「歴史資料館」も訪れました。


スタッフの方の丁寧な説明に、下流側の参加者は聞き入っていました。


移動に使ったバスです。


バスの中では、南木曽町からご提供いただいた、町を紹介する
ビデオを鑑賞していきました。



午前中の見学会の後は、幅の狭い山道を登るため、南木曽町所有の
マイクロバスで、「妻籠町並み交流センター」に移動。


今年春に新築されたばかりの、真新しい施設です。



実は、事後アンケートで、「本日の思い出にのこったこと」の
一番人気が、このお弁当。

地元の食材を中心に、心を込めて作っていただいた特製弁当です。


「えっ、南木曽町でお茶を作ってるんですか?」

思わず質問してしまいました。
「田立」というところの川の近くに茶畑があるのだそうです。

そう、田立の滝のあの「田立」です。
勉強になりました。


コロナにも気を付けて、食べるときは「黙食」








昼食後の休憩時間に、南木曽町に贈呈する寄せ書きに
思い思いの言葉を書きました。


午後からは2つのグループに分かれて、意見交換会。

こちらは、土石流現場の見学を踏まえ、「防災」に関して
南木曽町の方のお話をお伺いしたA班。


こちらは、妻籠宿の見学を踏まえ、町並み保存の活動の活動を
されている方のお話をお伺いし、意見交換を行ったB班。



グループ別意見交換会の後は、みんなで一緒になって全体討論会。
それぞれのグループからの報告の後、さらに質疑応答や意見交換で
話題を掘り下げました。


最後に、ご公務でお忙しい中、会場に駆けつけていただいた
向井裕明南木曽町長にお話をお聞きしました。


お昼休みに、下流側参加者が署名した寄せ書きを
向井町長に贈呈して記念撮影しました。

「私たちは、木曽の皆さんを応援しています!」
一方、向井町長には、堀川応援隊にはいっていただき、
旗にサインしていただきました。
向井町長から堀川応援隊の旗を受け取った、
堀川1000人調査隊実行委員長の阪野輝夫さん。

最後に、名古屋市の副市長の代理で参加していただいた、
名古屋市緑政土木局、河田誠一局長が、上流、下流の参加者の
皆さんにお礼のご挨拶をされました。

締めくくりの記念撮影。

上下流の参加者一同が、木曽の切り株に打たれた刻印のハートをイメージしてポーズ。、笑顔で交流会を終了しました。










   おともだちを誘って、みんなでたいっぱい調査隊、応援隊を作りましょう。

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